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2020年7月10日金曜日

東方閃電 全能神教会 聖書に関する映画「戸をたたく」抜粋シーン(2)主をお迎えするうえの最も犯しやすい間違いとは何でしょう


聖書に関する映画「戸をたたく」抜粋シーン(2)主をお迎えするうえの最も犯しやすい間違いとは何でしょう
宗教界では多くの人が、「神様の言葉と働きは全て聖書に書かれており、聖書の外に神様の言葉も働きも存在しない」という牧師や長老の言葉を信じています。それは聖書に書いてあるのでしょうか?主イエスがそうおっしゃったのでしょうか?ヨハネの黙示録には沢山の予言があります。「耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい」主もはっきり言われていますが、終わりの日に戻った時には、言葉を発すると。聖書から離れずに聖霊が教会に向けて語っている事に従っていれば、主をお迎えできるのでは?

2020年3月16日月曜日

[東方閃電]全能神教会 ゴスペル音楽 ワーシップソング 「神の国での新しい生活のために賛美しよう」




ゴスペル音楽 ワーシップソング 「神の国での新しい生活のために賛美しよう」 私たちは神様の御声を聞き 神の家に帰ってきた 私たちは集まって御言葉を食べ飲みし 祝宴に参加する 私たちは、悲しみや混乱に別れを告げ新しい人生を送る 日々御言葉が共にあり それをいっぱいに浴びる 真理についての交わりで心を開き 私たちの心はとても明るくなる 私たちは御言葉を黙想して 聖霊が私たちを啓く 私たちの障壁や偏見は取り除かれ私たちは神様の愛の中に住む 私たちは真理を理解し自由にされ心は蜜のように甘い 私たちは愛し合い、互いに距離はない 私たちは神様の心を理解しもはや消極的ではない 御言葉の中に生き 私たちは神の麗しさを見る 私たちは人生で光の道を歩んだがこれはすべて神様の導き 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 御言葉はとても貴く、そのすべてが真理 御言葉の裁きを受け入れて 私たちの堕落が完全に暴かれた 傲慢な性質により 私たちは実に理性に欠けている 御言葉が私たちを刈り込み取り扱い自己を知るようになった 私たち顧み、自己を理解し、真に悔い改める 裁きと刑罰を通して 私たちの堕落は清められる 私たちは堕落した性質を捨て去り 新しい人間になる 私たちは合格できるように本分を尽くし神様の愛に報いる 私たちはそれぞれなすべきことをして神様に忠誠を尽くす 証しに固く立ち、神様の御心を達成する 私たちはそれぞれ自分の光と熱を放ち 神様のために証しを広める 神様への純粋で誠実な愛は幸福で甘い 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 私たちは、心と手をつなぎ神様を証しする 私たちは、御国の福音を広め 苦難や疲労を決して恐れない 患難や試練を通して 私たちは祈り、神様に頼る その道は辛く険しいが 神様は道を開いてくださる 御言葉の真理を知ると 私たちの心は力を得る 御言葉は私たちを勇気づけ 私たちは前へと突き進む 私たちは肩を並べて手と手をとりあって 神様のために証し体と心を神様にささげる 苦しみがどんなに大きくても 私たちは心から喜ぶ 御言葉の導きで、私たちはサタンに勝利する 真に神様を愛し、それを決して悔やまない 私たちは赤い大きな竜を完全に見捨てた 私たちは勝利の兵士だ 私たちは、神様を愛する道において証しし 決して引き下がらない 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 『小羊に従って新しい歌を歌おう』より

2019年11月29日金曜日

キリスト教混声合唱「神の国の讃歌―神の国がこの世に降臨する」ハイライトその1―神の国の祝典




心震わせる神の国の賛歌が鳴り響き、神が人のあいだに降臨したことを全宇宙に告げました。神の国が到来したのです。すべての民が歓声をあげ、万物が歓喜します。天の至るところに喜びが満ちています。こうした魅力的な歓喜の光景はどのようなものでしょう。
苦痛の中に生き、サタンによる数千年の堕落を耐えてきた人間の中に、神の到来を待ち望まない者、切望しない者はいるでしょうか。各時代における神の信者や追随者のうち、サタンの影響の下、苦痛や患難、迫害、疎外に苦しんだ人はどれだけいたでしょうか。神の国が今すぐ到来することを待ち望まない人がいるでしょうか。人間の喜びと悲しみを味わった人の中に、真理と義が人類のあいだで権力を握ることを望まない人がいるでしょうか。
神の国が到来するとき、万国万民の待ち望んでいた日がようやく訪れます。そのとき、天地の万物のあいだでどのような光景が繰り広げられるでしょうか。神の国の生活はどれほど美しいものでしょうか。『神の国の讃歌―神の国がこの世に降臨する』とともに、千年の祈りが成就するのです。

2019年5月30日木曜日

キリスト教 美しい讃美歌「神の救いの業の目的」神の愛と救い


神には6000年に渡る救いの計画があり
それは3つの段階に分かれている
律法の時代
次に恵みの時代
そして最後の段階は神の国の時代と呼ばれている
それぞれの段階で神の業は違うが
全ては人類に必要であり
神と戦う サタンの企みに対処するもの
神の業の目的は神の知恵と全能を現し
サタンの企みを暴き打破すること
そしてサタンの支配から人を救うこと

神の知恵と全能を現し
サタンの堕落を暴き
創られたものに善悪を教えること
万物の支配者は神であると知り
サタンは人の敵であり
邪悪で堕落した者だと分かること
そうすれば人は善と悪
真理と偽り 聖さと穢れ
偉大なものと下劣なものを
区別することができる
神の業の目的は神の知恵と全能を現し
サタンの企みを暴き打破すること
そしてサタンの支配から人を救うこと
無知な人類に神を証しさせよ!
人を堕落させたのは神ではなく
神のみが全てを与え救うことができる
これは神が万物の支配者であり
サタンは神の創造物の一つで
神に歯向かうものだと知るため

神の計画が3つの段階に分かれているのは
神の創造物を証し人とし
神の意志と神が真理であることを知らせるため
神の業の目的は神の知恵と全能を現し
サタンの企みを暴き打破すること
そしてサタンの支配から人を救うこと
『小羊に従って新しい歌を歌おう』よ
り

2019年4月2日火曜日

ゴスペル音楽 ワーシップソング 「神の国での新しい生活のために賛美しよう」



ゴスペル音楽 ワーシップソング 「神の国での新しい生活のために賛美しよう」 私たちは神様の御声を聞き 神の家に帰ってきた 私たちは集まって御言葉を食べ飲みし 祝宴に参加する 私たちは、悲しみや混乱に別れを告げ新しい人生を送る 日々御言葉が共にあり それをいっぱいに浴びる 真理についての交わりで心を開き 私たちの心はとても明るくなる 私たちは御言葉を黙想して 聖霊が私たちを啓く 私たちの障壁や偏見は取り除かれ私たちは神様の愛の中に住む 私たちは真理を理解し自由にされ心は蜜のように甘い 私たちは愛し合い、互いに距離はない 私たちは神様の心を理解しもはや消極的ではない 御言葉の中に生き 私たちは神の麗しさを見る 私たちは人生で光の道を歩んだがこれはすべて神様の導き 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 御言葉はとても貴く、そのすべてが真理 御言葉の裁きを受け入れて 私たちの堕落が完全に暴かれた 傲慢な性質により 私たちは実に理性に欠けている 御言葉が私たちを刈り込み取り扱い自己を知るようになった 私たち顧み、自己を理解し、真に悔い改める 裁きと刑罰を通して 私たちの堕落は清められる 私たちは堕落した性質を捨て去り 新しい人間になる 私たちは合格できるように本分を尽くし神様の愛に報いる 私たちはそれぞれなすべきことをして神様に忠誠を尽くす 証しに固く立ち、神様の御心を達成する 私たちはそれぞれ自分の光と熱を放ち 神様のために証しを広める 神様への純粋で誠実な愛は幸福で甘い 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 私たちは、心と手をつなぎ神様を証しする 私たちは、御国の福音を広め 苦難や疲労を決して恐れない 患難や試練を通して 私たちは祈り、神様に頼る その道は辛く険しいが 神様は道を開いてくださる 御言葉の真理を知ると 私たちの心は力を得る 御言葉は私たちを勇気づけ 私たちは前へと突き進む 私たちは肩を並べて手と手をとりあって 神様のために証し体と心を神様にささげる 苦しみがどんなに大きくても 私たちは心から喜ぶ 御言葉の導きで、私たちはサタンに勝利する 真に神様を愛し、それを決して悔やまない 私たちは赤い大きな竜を完全に見捨てた 私たちは勝利の兵士だ 私たちは、神様を愛する道において証しし 決して引き下がらない 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 『小羊に従って新しい歌を歌おう』より

2019年3月13日水曜日

キリスト教讃美歌「人の子が現れました」神の祝福がゆえに本当の楽しみがある



キリスト教讃美歌「人の子が現れました」神の祝福がゆえに本当の楽しみがある
世界の東から(東…東…)
一筋の光が現われ(光…光…)
西の果てまで照らします
人の子が地に降臨しました
Ⅰ
救い主が戻られました、彼は全能神
真理を表し、新時代を始めました
人の子が現れました。(本当?)
神が来られました。(おお!)
神は人類に永遠のいのちの道をもたらします
新しい天と地、新しい時代
新しい人間、新しい道、新しい生活
新しいエルサレムが地に降臨しました

私達は神の家へ戻り
教会生活をおくり
神の言葉を毎日飲み食いし
神の愛の中で育ちます
さあ、来て歌いましょう!(よし!)
私は踊ります!(踊ろう!)
私達の生活はまことに楽しい。(真に楽しい)
私達は神と一緒にいます。(真に楽しみます。)
私達は神の祝福を得ています。(真に幸せ)
キリストの国は暖かい家庭です

全能神、終わりの日のキリスト
私達がお慕いする最愛の人
神が発するあらゆる言葉は真理で
私達を潤します
神は振る舞い方、正直になる方法を
私達に教えてくださいます
神の祝福の中で生き
私達は心から神を愛します

神の言葉の裁きは全ての人々の心を征服します
神の民は清められ、神を証しします
心を一つにし(本分を尽くす)
神の愛に報い(神を証しする)
神の国の福音を宣べ伝えよう。(神の国の福音)
神の言葉は世界中に伝わります
神の聖き名は皆に賛美されます
キリストの国はこの地に実現されます
心を一つにし(本分を尽くす)
神の愛に報い(神を証しする)
神の国の福音を宣べ伝える。(神の国の福音)
神の言葉は世界中に伝わります
神の聖き名は皆に賛美されます
キリストの国はこの地に実現されます
キリストの国はこの地に実現されます
『小羊に従って新しい歌を歌おう』より

2019年2月5日火曜日

全能神教会御言葉の抜粋「「唯一の神自身 8」10



     たった今わたしたちは何について話ましたか。最初に、人間の生活環境やその環境のために神が何を行い、用意し、取り扱ったことについて話し、また、神が人類のために用意したあらゆるものの関係、そして万物が人類に危害を加えるのを防ぐために、神がこれらの関係をどのように取り扱ったかについても話しました。また神は、万物がもたらす様々な要素が人類の環境に与える悪影響を解決し、万物がそれぞれの機能を最大化することを実現し、好ましい環境とあらゆる有益な要素を人間に与え、よって人類がそうした環境に順応して、繁殖と生命の周期を正常に繰り返すことができるようにしました。次は、人体が必要とする食料、すなわち日常の食料と飲料でした。これもまた人類の生存の必要条件です。つまり、人体は、呼吸するだけ、日光や風だけ、あるいは適切な気温だけでも生きられないということです。人間はまた腹を満たす必要もあるのです。人間の腹を満たす食料や飲料もまた、すべて神が人類のために用意したものであり、それが人類の食料源です。こうした豊富で潤沢な産物、すなわち人類の食料や飲料の源を確認した後、神は人類と万物の供給源であると言うことができますか。(はい。)もし万物を創造した時に、神が草木だけ、あるいは様々な生き物だけを創り、人類がそれらのうち何も食べられなかったとしたら、人間は現在まで生存できたでしょうか。もし、神が創った万物のうち、様々な生き物や植物が、牛や羊、シマウマ、鹿その他の種類の動物のためのだけであったとしたら、たとえば、ライオンはシマウマや鹿を食べ、虎は羊や豚を食べるが、人間の食料として適したものがひとつもなかったとしたら、どうでしょうか。それでうまく行くでしょうか。うまく行かないでしょう。人類は生存を続けられなかったでしょう。もし人間が木の葉だけを食べたとしたら、どうでしょうか。それでうまく行くでしょうか。人間の胃はそれに耐えられないでしょう。試してみなければ分かりませんが、一旦試せばよく分かります。それでは羊のために用意された草を食べられますか。少し試すだけなら大丈夫でしょうが、長期間にわたって食べ続けるとしたら、先は長くないでしょう。動物は食べることができても、人間が食べるには有毒なものさえあります。毒があり、人間は食べられなくても、動物は影響を受けることなく食べられるものもあります。言い換えると、神は人間を創ったので、人体の原則や構造、人間に必要なものを最も良く知っているのです。人体の構成、成分、必要なもの、人体の内臓がどのように機能し、吸収し、排出し、代謝するかを神は完全に把握しています。人間はこのことについてそれほど把握しておらず、やみくもに食べたり補給したりすることがあります。補給しすぎて、結果として不均衡を引き起こします。もし神が人間のために用意したものを普通に食べ享受していれば、何も問題は起こりません。たとえ時に気分がすぐれず、鬱血があったとしても、それは問題ではありません。ただ特定の植物を食べなくてはならないだけで、それで鬱血は解消されます。神はこうしたことをすべて用意したのです。それで、神の目から見ると、人類はその他のどの生き物よりも遙かに優れています。神は、ありとあらゆる植物の生息環境を用意し、ありとあらゆる動物の棲息環境と食料を用意しましたが、人類の生活環境に対する必要条件は最も厳格で、軽視が許されません。そうでなければ、人類は発展と生殖、正常な生活を継続できないでしょう。神は心の中でこれを一番良く知っています。このことを行った時、神はそれを他の何よりも重要視しました。あなたが見て享受するとりとめのないもの、あるいは自分がもって生まれてきたので享受できるように感じる何かの重要性を、おそらくあなたは感じられないかもしれませんが、遠い昔に、神はその知恵をもってそれらのものをあなたのために既に用意していたのです。神は、人類にとって好ましくなく人体に危害を加える可能性のある否定的な要素をすべて最大限に除去し、解消しました。これは何を明らかにしますか。神が今回人類を創った時の神の人類への姿勢が明らかになりますか。その姿勢はどのようなものでしたか。神は、厳格かつ真剣な姿勢であり、神以外のいかなる要素や条件、勢力の妨害を一切容赦しませんでした。このことから、今回神が人類を創ったときと、今回の人類の経営における神の姿勢が分かります。神の姿勢とは何ですか。人類が享受する生活環境や生存環境、日常の食料や飲料、必需品を通して、人類を創造して以来神が有してきた人類に対する責任の態度と、さらに今回人間を救うことへの神の決意が分かります。こうした物事から、神の真実性が分かりますか。神の驚異性が分かりますか。神の無限の遠大性が分かりますか。神の全能性が分かりますか。神はその全能かつ知恵深い仕方で、全人類に与え、また万物にも与える。このことに関して、わたしがこれだけ話した後、神が万物の生命の源であるとあなたがたは言うことができますか。(はい。)それは確実です。疑いがありますか。(いいえ。)神が万物の生命の源であることは、神がすべてのものを供給することが十分示しています。なぜなら、神は万物が存在し、生き、繁殖し、継続することを可能にした供給の源だからです。神以外には存在しません。神は、それが最も基本的に必要なものであれ、人間が日常的に必要なものであれ、人々の霊への真理の供給であれ、すべてのものが必要なものと人類が必要なものすべてを与えます。あらゆる視点から見て、人類にとっての神の身分と地位に関しては、万物の生命の源は神自身のみです。これは正しいですか。(はい。)つまり、神は人間が目で見て感じることのできるこの物質世界の支配者であり、主であり、供給者です。人類にとって、これは神の身分ではありませんか。これは完全に正しいです。したがって、空を飛ぶ鳥が見えれば、神は空を飛べるものを創ったことを理解しなければなりません。しかし、水中を泳ぐものも存在し、それらもまた様々な仕方で生存しています。土中で生きる草木は春に芽吹き、秋に結実して落葉し、冬には完全に落葉して冬を過ごします。これが、それらの生存の仕方です。神は万物を創り、万物はそれぞれ異なる形態と方法により生き、様々な方法を用いてその生命の力と形態を示します。その方法が何であれ、それはすべて神の支配下にあります。神が様々な形態の生命体と生き物を支配する目的は何ですか。それは人類の生存のためですか。(はい。)神は人類の生存のために、生命の法則のすべてを支配します。これは、神にとって人類の生存がいかに重要であるかを示しています。

    人間が正常に生存し、繁殖することは、神にとって最も重要です。したがって、神は常に人類と万物に与えます。神はあらゆるものを様々な方法で与え、万物の生存維持の状況下において、人類の正常な存在を維持するために、神は人間が前進を続けられるようにします。これらが、今日わたしたちが話し合っている二つの側面です。その二側面とは何ですか。(巨視的観点からは、神様は人類のために生活環境をお創りになりました。これが最初の側面です。また、神様は人間が必要とし、目で見て触れることのできる物質的なものを用意なさいました。)それら二側面を通して、わたしたちは本日の主題を話し合いました。主題は何ですか。(神様は万物の生命の源である、です。)今では、わたしがそのような主題の下になぜこうした内容を伝えたのかについて、あなたがたはある程度の認識を得ているはずです。これまで、その主題と無関係の話がありましたか。ありませんでした。そうですね。これらの事柄を聞いて、おそらくある程度の認識を得てこれらの言葉が重要であると感じている人もあなたがたのうちにいるでしょうが、他の人たちは文字通りに受け取った知識を少し得ただけで、それらの言葉はどうでもよいと感じているかも知れません。あなたがたがこれを今どのように理解しているかに関わらず、あなたがたの経験の過程において、やがてあなたがたの認識がある点に達する時、つまり、神の業と神自身に関する認識がある特定の点に達し、あなたがたは自分自身の実践的な言葉を用いて神の業の深い真の証しをするでしょう。

    現在におけるあなたがたの認識はいまだに極めて単純で、文字通りに受け取っているだけであるとわたしは思います。しかし、わたしがこれら二側面をあなたがたに話すのを聞いた後では、あなたがたは少なくとも神が人類に与えるためにどのような方法を用いるかや、神が人類に何を与えるかを認識することができますか。あなたがたには基本的な概念と理解がありますか。(はい。)しかし、わたしが伝えたこれら二側面は、聖書と関連していますか。(いいえ。)神の国の時代における神の裁きと刑罰に関連していますか。(いいえ。)それでは、なぜわたしはこの二側面について話をしたのでしょうか。それは、神を知るためには人間はこれらの側面を理解しなければならないからですか。(はい。)これらを知り、理解することはとても必要です。神に関するすべてを理解するために、聖書に、神の人間への裁きと刑罰だけに限っていてはいけません。わたしがこう言うことの背後にある目的は何ですか。それは、神は、ただ神の選民だけの神ではないことを人々に知らせることです。現在あなたがたは神に付き従っており、神はあなたがたの神ですが、神に付き従う人々以外の人々にとって、神は彼らの神でもありますか。神は、神に付き従う人々以外の、あらゆる人々の神ですか。(はい。)それでは、神は万物の神ですか。(はい。)それでは、神は神に付き従う人々だけに対して働きや業を行いますか。(いいえ。)その範囲は宇宙全体です。狭い観点から見ると、その範囲は人類全体と万物です。広い観点から見ると、その範囲は宇宙全体です。したがって、神は全人類のあいだで働きと業を行うと言うことができます。人々に神自身に関するすべてを知らせるには、これで十分です。神を知りたい、神を真に知りたいのであれば、ただ神の働きの三段階に限っていてはいけません。神が以前に行なった働きの話だけに限っていてはいけません。そのようにして神を知ろうとするのならば、神を一定の制限内に留めていることになります。神をあまりに無意味にみなしています。そうした結果は、あなたにどのような影響を及ぼすでしょうか。あなたは神の驚異性や崇高性、神の力や全能性、そして神の権威の範囲を決して知ることはないでしょう。そのような認識は、神が万物の支配者であるという真理をあなたが受け入れる能力、そして神の真の身分と地位に関するあなたの認識に影響を及ぼすでしょう。すなわち、もし神に関するあなたの認識の範囲が限られているならば、あなたが受け取ることのできるものも限られています。範囲を拡張して視野を広げる必要があるのは、このためである。それが神の働きの、神の経営の、神の支配の、あるいは神に支配され管理されている万物の範囲であるかに関わらず、あなたはそれらすべてを知り、その中にある神の業を知るべきです。そのような理解方法により、あなたは神が万物を支配し、管理し、万物にあらゆるものを供給しているということを知らないうちに感じるでしょう。それと同時に、あなたは自分が万物の一部であり、万物の一員であることを実感するでしょう。神は万物を供給するので、あなたも神の支配と供給を受け入れます。これは誰も否定することのできない事実です。万物はそれぞれの法則にさらされていて、その法則は神の支配の下にであり、また万物にはそれぞれの生存のための規則があり、それもまた神の規則のもとにあります。その一方で、人類の運命や人類に必要なものもまた神の規則や神による供給と密接に関連しています。このため、神の統治と支配下において、人類と万物は相互に関連し、相互に依存し、織り交ぜられているのです。これが、神による万物創造の目的と価値です。これを今では理解していますか。(はい。)理解しているのならば、本日のわたしたちの話をここで終わりにしましょう。さようなら。(神様に感謝。)


2014年2月2日

2018年11月18日日曜日

全能神の発表「「千年神の国は訪れた」についての短い話」

 あなたがたは千年神の国のビジョンをどのように捉えているのだろう。ある人たちは、そのことについて大いに考え、千年神の国は地上で千年続くだろうと言う。それなら、教会の年長の信者で未婚の者は、結婚しなければならないのだろうか。私の家族にお金がないから自分は、お金を稼ぐべきだろうか。…千年神の国とは何か。あなたがたは知っているだろうか。人々の目はかすんでおり、そのために随分苦心している。実のところ、千年神の国はまだ公けには到来していない。人々を完全にする過程においては、千年神の国はまだその縮図に過ぎない。神によって語られた千年神の国の時には、人は完全になっているのである。かつては、人々は聖徒たちのようになり、シニムの地にしっかり立つようになると言われていた。人々が完全になる時にはじめて――即ち、神が語るところの聖徒となる時――千年神の国は到来するのである。神が人々を完全にする時、神は彼らを清め、人々は清くなればなるほど、神によってより完全にされる。汚れ、反抗、敵対心、あなたの中にある肉に属するものが取り除かれ、清められる時、あなたは神に愛されるであろう(言い換えれば、あなたは聖徒になるのだ)。あなたが神によって完全にされ、聖徒になった時、あなたは千年神の国に入るであろう。今は神の国の時代である。千年神の国の時代では、人々は神の言葉に依存して生き、あらゆる国の民たちが神の名のもとに集い、神の言葉を読むために来る。その時、電話を使ったり、ファクスを送ったりする人たちもいるだろう…彼らは神の言葉に触れるためにあらゆる手段を用いるだろう。そして、あなたがたも神の言葉の下に集うだろう。これらのすべてのことは、人々が完全にされた後で起こることである。今日人々は言葉を通して完全にされ、精練され、啓発され、導かれている。これが神の国の時代であり、人々が完全にされる段階であり、千年神の国の時代とは全く関連がない。千年神の国の時代では、人々はすでに完全になっており、彼らの中の堕落した性質は清められている。その時、神が語る言葉は人々を一歩一歩導き、天地創造の時から今日に至るまでの神の働きの奥義をすべて明らかにする。神の言葉は、人々にそれぞれの時代と日々の神の業について語り、神がどのように人々を内面から導くか、神が霊界で為す働きについて、また霊界の状態について語る。その時初めて本当に言葉の時代が訪れる。今はその縮図にすぎない。人々が完全にされず、清められなければ、地上で千年も生きるすべはなく、肉体が朽ちることは避けられない。人々の内面が清められ、もはやサタンと肉に属さないなら、人々は地上で生き残れるだろう。今の段階ではあなたはまだ目がかすんでいるから、あなたがたが経験するのは神を愛すること、そしてあなたがたが地上で生きる日々、神のために証しすることである。

 「千年神の国の到来」は予言であり、預言者の予言に類似しており、その中で神は将来起こることを予言する。神が将来話す言葉と神が今日話す言葉は同じではない。将来の言葉は時代を導き、一方、今日神が語る言葉は人々を完全にし、精練し、取り扱う。将来の言葉の時代は今日の言葉の時代とは異なる。今日、神によって語られるすべての言葉は――神が語る手段に関係なく――要するに、人々を完全にし、人々の中にある汚れを清め、彼らを神の前に聖別し義とするためのものである。今日語る言葉と、将来語る言葉は二つの別個の事柄である。神の国の時代に語られる言葉は人々をあらゆる訓練に入らせ、人々をすべてのことにおいて正しい道に連れ戻し、彼らの中にある汚れたものをすべて取り除くためのものである。それがこの時代に神がすることである。神は一人ひとりの中に言葉の基礎を創り、言葉をすべての人の命とし、あらゆる時に、言葉よって彼らを内面から照らし導く。人々が神の心に心を留めない時は、神の言葉は内側から彼らを責め懲らしめる。今日の言葉は、他でもない人の命であり、人が必要なものすべてを直接供給する。人の内面に欠けているものは、すべて神の言葉によって満たされ、神の言葉を受け入れる者たちは皆神の言葉を飲食することによって教え導かれる。未来に神によって語られる言葉は、全宇宙の人々を導く。今日、これらの言葉は中国でしか語られていないので、全宇宙で語られている言葉を代表するものではない。神は千年神の国が到来する時に初めて全宇宙に向けて語るのである。今日神によって語られる言葉はすべて人々を完全にするためであることを承知しなさい。この段階で神が語るによって語られる言葉は、人々の必要を満たすためであって、あなたが神の奥義を知ったり、神の奇跡を見るようになるためではない。神が多くの手段を通して語るのは人々の必要を満たすためである。千年神の国の時代はまだ到来していない――ここで言う千年神の国の時代とは神の栄光の日である。ユダヤにおけるイエスの働きが完了した後、神は働きを中国本土に移し、もう一つ別の計画を創り出した。神はあなたがたに対してその別の働きを行う。つまり、神は言葉で人々を完全にする業を行い、言葉を使って人々に多くの苦痛を体験させ、また多くの恵みを得させる。その過程における業は勝利者たちを生み出す。神がその勝利者たちを創った後、彼らは神の業を証しできるようになり、現実をその通りに生きることができるようになり、本当に神を満足させ、死に至るまで神に忠実でいることができ、このようにして神は栄光を受ける。神の栄光がたたえられ、神がこの人々の一団を完全にする時、千年神の国の時代になるのだ。

 イエスが地上にいたのは33年半であり、十字架の業を成し遂げるために地上に来た。イエスの磔刑を通して、神は部分的に栄光を受けた。神が肉となって来た時は、へりくだり、目立たつことはなく、途方もない苦しみに耐えることができた。イエスは神自身であったが、それでもあらゆる辱めと悪口雑言に耐え忍び、また贖いの業を完了するために十字架に釘付けにされるという激痛に耐えた。この段階の働きが終了した後、人々は神が大いなる栄光を受けるのを見たが、それは神の栄光のすべてではなかった。それは神の栄光のほんの一部分であり、神はそれをイエスによって得たのである。イエスは、あらゆる困難に耐え、へりくだり、目立たず、神のために磔刑につくことを成し遂げたが、神は栄光の一部を得ただけで、その栄光はイスラエルで得た。神にはさらに別の栄光がある。それは、地上に来て実際に働き、一つの会衆を完全にすることである。イエスは彼の働きにおいて超自然的なことをいくつか為したが、その段階の働きは、しるしと奇跡を行うためだけでは決してなかった。それはおもに、神のために苦しみ、十字架にかかることができることを示すためであった。神を愛するが故にイエスは極度の苦痛に耐えることができ、神がイエスを見捨てたにもかかわらず、神の意志のために喜んで命を犠牲にすることを示すためであった。神がイスラエルでの働きを終え、イエスが十字架に釘付けにされた後、神は栄光を受け、神はサタンの前で証しした。あなたがたは、神が中国でどのように肉となったのかは知らないし、見てもいない。どうしてあなたたちが、神が栄光を受けるのを見ることができようか。神があなたがたに対して多くの征服の働きをし、あなたがたがしっかりと立つならば、神のこの働きは成功であり、これは神の栄光の一部となる。あなたがたが見るのは唯一このことである。そして、あなたがたはまだ神によって完全にされていないし、あなたがたはまだ心を完全に神に捧げていない。あなたがたはまだこの栄光の全容を見ていない。神がすでにあなたがたの心を征服したこと、あなたがたは決して神から離れることはできず、最後の最後まで神に従い、あなたがたの心は変わらないことを知るだけである。これが神の栄光である。あなたがたはどこに神の栄光を見るのか。人々の中に働く神の業の成果に、それが表されているのである。人々は、神がとても愛すべき存在であることを知り、心の中に神を抱き、神から離れることを望まないこと。即ちこれが神の栄光である。教会の兄弟姉妹たちの力が生じて、心から神を愛し、神の働きの絶大な力、神の言葉の比類のない力を見ることができる時、それは神の栄光となる。また、神の言葉には権威があり、神が中国本土のゴーストタウンでその働きを始めることができるのを見る時、また、人々がその弱さにもかかわらず、心を神の前にへりくだらせ、すすんで神の言葉を受け入れる時、あるいはまた、彼らが弱く、不相応であるにもかかわらず、神の言葉はすばらしく、大切にするに値するものであることが理解できる時、それは神の栄光となる。人々が神によって完全にされ、神の前に身を委ねることができ、完全に神に従うことができ、自分たちの将来性や運命を神の手に委ねることができる時、神の栄光の第2の部分が完全に獲得される。つまり、実際に神が携わる働きが完結した時、中国本土における神の働きは終了するだろう。言い換えれば、神によって予め定められ、選ばれた人々が完全にされた時、神は栄光を受けるであろう。神は、第二の栄光を東方にもたらしたと語ったが、これは肉眼では見ることはできない。神はその働きを東方にもたらした。神がすでに東方に到来したこと、それこそが神の栄光である。今日、神の働きはまだ完成していないが、一度神が働くことを決めたからには、必ず成し遂げるであろう。神はこの働きを中国で完成させる決心をし、あなたがたを完全なものにしようと決意した。従って、神はあなたがたに逃れる道を与えない。神はすでにあなたがたの心を征服したのだ。だから、あなたは、望もうが望むまいが、進み続けなければならない。そして、あなたがたが神のものとなる時、神は栄光を受ける。今日、神はまだ全ての栄光は受けていない。何故ならあなたがまだ完全にされてないからである。あなたの心は神のもとに立ち返ったかもしれいないが、あなたの肉の内にはまだ多くの弱点がある。あなたは神を満足させることはできず、神の心を心に留めることができない。また、あなたがたから取り除かなければならない消極的な事柄がたくさんある。