日々の神の御言葉「七つの雷が轟く──神の国の福音が宇宙の隅々まで広まることを預言」抜粋69
誰一人としてわたしの栄光を見る時が来ると信じるものはいない。そしてわたしは人に強要もしない。それよりは、わたしは人々の中からわたしの栄光を移し、他の世界へ持っていく。人々が再び後悔するなら、わたしは信仰を持つより多くの人々へわたしの栄光を示す。これがわたしの働きの原則である。わたしの栄光がカナンの地を去る時があるからであり、わたしの栄光がわたしに選ばれた者から去る時もあるからである。さらに、わたしの栄光が全地を去る時がある、その時、光は暗くぼやけ、暗闇へ陥る。カナンの地にさえ太陽は照らさないだろう。すべての人々は信仰を失うが、誰一人カナンの地の香りから去ることには耐えられない。わたしが新たな天と地へ進む時になってはじめて、わたしの栄光のもうひとつの部分をまずはカナンの地で示す。そうするとかすかな光が闇夜ほど暗い全地に輝き、全地がその光に集まる。全地のあらゆるところの人々を来させ、光から力を得られるようにし、わたしの栄光が増し、全ての国々に新たに現れるようにしよう。わたしがずっと前に人間の世界に現れており、ずっと前にわたしの栄光をイスラエルから東方へもたらしたことをすべての人々に気づかせよう。なぜならわたしの栄光は東方から輝きを放ち、恵みの時代から今日までもたらされたからである。しかし、わたしが去ったのはイスラエルであり、そこから東方に到来した。東方の光が徐々に白く変わるとはじめて、全地の暗闇は光に変わり始める。そしてその時になってはじめて、人はわたしがずっと前にイスラエルを去っていて、東方で新たに現れるのだと知るだろう。わたしは以前イスラエルへ下り、その後そこから立ち去った。そのため、わたしは再びイスラエルに生まれることはできない。なぜならわたしの働きは宇宙のすべてを導き、さらに、稲妻が東から西へひらめき渡るからである。だからわたしは東方へ下り、カナンの地を東方の人々にもたらしたのである。わたしは地上のすべての人々をカナンの地へ連れて行きたいと願う。それ故わたしは全宇宙を支配するため、カナンの地で声を発し続ける。この時、カナンの地以外はどこにも光はなく、すべての人々は飢えと寒さにさらされている。わたしはわたしの栄光をイスラエルに与え、その後その栄光を移す、そしてイスラエルの人々を東方へ連れて行き、すべての人々を東方へ連れて行った。わたしは彼らをみな「光」へと導いた、彼らが光と再会し、光と交わり、それ以上探す必要がないように。わたしは探し求めているすべての者が再び光を見て、わたしがイスラエルで持っていた栄光を見られるようにする。わたしはずっと前に白雲に乗って人々の間に降ったことを彼らが理解するようにし、無数の白い雲と豊かな果実、さらにはイスラエルの神ヤーウェを見るようにしよう。わたしは、彼らがユダヤ人の「先生」、待望のメシア、そして歴代の王たちによって迫害されてきたわたしの完全な姿を見上げるようにする。わたしは、全宇宙の働きを行い、偉大な働きをし、わたしの栄光のすべてとわたしの業すべてを、終わりの日に人々に表す。わたしは、わたしの栄光に満ちた全容を、長年わたしを待った人々、わたしが白雲に乗って下るのを熱望してきた人々、わたしが再び現れるのを熱望してきたイスラエル、そしてわたしを迫害するすべての人類に見せる。それによって、すべての者はわたしがずっと前にわたしの栄光を取り去ってそれを東方へもたらしていたことを知るだろう。それはもはやユダヤにはない、なぜなら終わりの日はすでに来ているからである。
宇宙の隅々までわたしはわたしの働きを行っている。東方では、雷のような轟音が終わることなく発生し、すべての国々や宗派を震わせている。すべての人々を現在に連れて来たのはわたしの声である。わたしはすべての人々がわたしの声により征服され、みなこの流れに落ち、わたしの前に帰服するようにする。わたしはずっと前に全地からわたしの栄光を取り戻し、東方で新たにそれを発したからである。わたしの栄光を見ることを願わない者がいるだろうか。わたしの再臨を心待ちにしない者がいるだろうか。わたしが再び現れることを渇望しない者がいるだろうか。わたしの愛らしさを思慕しない者がいるだろうか。光の元へ来ようとしない者がいるだろうか。カナンの地の豊かさを見上げようとしない者がいるだろうか。「贖い主」が再び来るのを待ち望まない者がいるだろうか。偉大なる全能者を敬慕しない者がいるだろうか。わたしの声は全地の隅々まで広められるであろう。わたしはわたしに選ばれた者に向かって、彼らにもっと話しかけたいと願う。山々や川を震わせる強大な雷のように、わたしは全宇宙と人類にむかってわたしの言葉を話しかける。そしてわたしの口にある言葉は人の宝になり、すべての人々はわたしの言葉を大切にする。稲妻が東から西へひらめき渡る。わたしの言葉は、人が決して手放したくないもの、そして測り難いものであるが、それ以上に彼らにさらなる喜びをもたらすものである。生まれたての赤児のように、すべての人々は喜びに満ち、わたしの到来を祝う。わたしはすべての人々を、わたしの声によってわたしの前へ連れて来る。その時から、わたしは正式に人類へ入る、人々がわたしを礼拝するために。わたしから放たれる栄光とわたしの口にある言葉によって、人々はみなわたしの前へ来るようになり、稲妻が東方から閃くこと、またわたしが東方の「オリーブ山」に降ったことも知るようになる。彼らはわたしがずっと前からすでに地上にいたことを知り、「ユダヤ人の息子」ではなく、東方の稲妻だと知るだろう。なぜならわたしはずっと前に復活し、人々の中から去って、その後栄光と共に再び人々の中に現れたからである。わたしは幾時代も前に崇拝された神であり、幾時代も前にイスラエル人によって見捨てられた「赤児」である。それだけでなく、わたしは今の時代の栄光に満ちた全能神である。すべての者をわたしの玉座の前に来させ、わたしの栄光に満ちた顔を見させ、わたしの声を聞かせ、わたしの業を見上げさせなさい。これがわたしの心の全てである。これがわたしの計画の結末であり、クライマックスであると同時に、わたしの経営の目的でもある。すべての国々にわたしにひれ伏させ、すべての人にその言葉でわたしを認めさせ、すべての人にわたしを信頼させ、またすべての人がわたしに服従するようにしなさい。
2020年9月7日月曜日
2020年9月6日日曜日
東方閃電 全能神教会 日々の神の御言葉「神の経営の中でのみ人は救われる」抜粋216
日々の神の御言葉「神の経営の中でのみ人は救われる」抜粋216
神の経営のための働きは世界創造の時に始まり、人間はその働きの中心にいる。神がすべてを創造したのは、人間のためであると言える。神の経営の働きは数千年に及ぶものであり、分や秒、瞬時に行われるといったものではないし、一、二年で終わるものでもない。神は人間が生きて行くために必要なもの─太陽や月、あらゆる種類の生き物や食物、生きるための環境─を数多く創る必要があった。これが神の経営の始まりだった。
その後、神は人間をサタンに渡し、人間はサタンの領域で生きた。そして、これが徐々に神の最初の時代の働きへとつながる。律法の時代の物語である…。数千年に及ぶ律法の時代、人間は律法の時代の導きに慣れ、軽く考えるようになり、徐々に神の保護から遠ざかる。そして、彼らはまた律法を守っていながら、同時に偶像をも拝み、邪悪なことを行った。彼らはヤーウェの守りなしに、ただ神殿の祭壇の前で暮らしているだけだった。実際、神の働きはずっと以前に彼らを去っている。イスラエル人がまだ律法に従い、ヤーウェの名を唱え、自分たちだけがヤーウェの民、ヤーウェの選ばれた者と誇っていた時、神の栄光は静かに彼らを捨て去っていた…。
神がその働きをする時は、いつでも静かに一つの場所から去り、別の場所でそっと新たな働きをする。これは、鈍重な人間には信じられないことのように思われる。人々はいつも古いものを大事にし、新しい、馴染みのないものには敵意をもつか、厄介なものとみなす。そこで、神が新しい働きをするときはいつも、最初から最後まで、人間はあらゆるものの中で最後にそれを知ることになる。
いつもそうであるように、律法の時代にヤーウェの働きをした後、神は新たな第二段階の働きを始めた。受肉して人間の形をとり、十年、二十年間、信じる者たちの間で話し、業を行った。しかし、例外なく、誰もそれを知らなかった。ただ、ごく少数の人々だけが、イエスが十字架につけられ、よみがえった後、彼が受肉した神だと認めた。
神の働きの第二段階が終わるとすぐ——十字架にはりつけになった後——人間を罪から回復させる(つまり、サタンの手から取り戻す)という神の働きは成就した。そこで、その時から、人間は主イエスを救い主であると認めるだけで罪が赦されるようになった。名目上は、人間の罪はもはや救いを得て神の前に出る妨げとはならず、サタンが人間を責める手立てではなくなったということである。それは、神自身が実際的な働きをし、罪深い肉の形を経験し、神自身が罪のための捧げ物となったからだ。こうして、神の肉、罪深い肉の形をとった神のおかげで贖われ、救われて、人間は十字架から降りた。そこで、サタンに捕らわれた後、人間は神の前で救いを受けることに一歩近づいた。もちろん、この段階の働きは律法の時代から一歩進んだ神の経営であって、律法の時代よりもさらに深い段階のものなのだ。
これが神による経営である。人間をサタンに引き渡し——神が何であるか、創造者が何であるか、神をどう礼拝するか、なぜ神に服従することが必要なのかを知らない人間を——サタンが堕落させるままにしたのである。それから一歩一歩、神は人間をサタンの手から取り戻した。完全に神を礼拝してサタンを拒むまで。これが神の経営である。これはみな神秘的な物語のように思われるし、わけがわからないような気がする。人々は、これが根拠のない物語のように感じるが、それは、過去数千年の間にどれほど多くのことが人間に起こったかを知らないからであり、まして、この宇宙でどれほどの物語が生まれたか、思いも及ばない。そのうえ、物質界の外に広がる、さらに驚くべき、はるかに恐ろしい世界があるのを人間の目では見ることができないでいるからである。これは理解し難いことに思われる。しかし、それは、人間には神の人類への救いや経営の働きの意味が理解できず、また、人間が最終的にどのようになることを神が望んでいるかを知らないからである。それは、サタンに堕落させられる前のアダムとエバのようなものだろうか。いや、そうではない。神の経営は、神を礼拝し、神に従う一群の人々を得るためのものだ。この人間はサタンのせいで堕落しているのだが、もはやサタンを父とみなしていない。人間はサタンの醜い顔に気づいて拒み、神の裁きと刑罰を受けるため、神の前に出る。その人間は何が醜いか、それが聖いものとどう異なっているかを知り、神の偉大さとサタンの邪悪さを知っている。そうした人間は、もはやサタンのために働かず、サタンを崇めず、サタンを祭ることをしない。それは、その人たちが真に神のものとなった人々だからだ。これが神の人類に対する経営の働きの意味である。神の今回の経営の働きでは、人間はサタンが堕落させる対象であり、同時に、神の救いの対象、そして神とサタンが獲得しようと戦うものでもある。神は自分の働きをすると同時に、徐々に人間をサタンの手から取り戻してきたので、人間は神に近づきつつある…。
そして、神の国の時代が来た。これは、より実際的な働きの段階であるが、人間にとっては最も受け入れ難い働きでもある。それは、人間が神に近づけば近づくほど、神の鞭が人間に近づき、神の顔が人間により鮮明になってくるからである。人間の贖いの後、人間は正式に神の家に戻っている。人間は、今は楽しむ時であると思ったのだが、しかし、神から誰も予測していなかった正面切っての攻撃にさらされている。すなわち、これは神の民が「楽しむ」べき洗礼なのである。そうした扱いを受けると、人々は立ち止まり、「自分は羊だ。長い間迷っていた。それを神は大金を払って買い戻した。それなのに、なぜ神はこのような扱いをするのか」と考えざるを得ない。これは、神が私を笑い、暴露しているのか。…長い年月の後、人間は練られ、鍛錬と刑罰の試練を経験してきた。人間は過去の「栄光」も「ロマン」も失ったが、無意識の中に人間であることの真理を理解し、人間を救うために神が長年懸命に働いて来たことがわかるようになってきた。人間はゆっくりと、自分の野蛮さを厭うようになる。自分の野蛮さ、神への誤解のすべて、不当な要求の数々を憎むようになる。時間は戻らない。過去の出来事は人間の嘆かわしい記憶となり、神の言葉と愛とが人間の新たな生活の原動力となる。人間の傷は日々に癒え、体力が回復し、立ち上がって全能者の顔を見る…と、神はずっと傍らにいたこと、そしてその笑顔と美しさが依然として心揺さぶるものであることに気づく。神の心はまだ人間を気遣い、その手は始まりの時同様、まだ暖かく、力強い。まるで、人間がエデンの園に戻ったようだが、今回は、人間はもはや蛇の誘惑に耳を傾けない。もはやヤーウェの顔から顔を背けない。人間は神の前にひざまずき、神の笑顔を見上げ、心から最高の捧げ物をする─ああ!わが主、わが神!
神の愛と憐れみが経営の働きの隅々に行き渡り、人間が神のよき意図を理解できるとできないとに関わらず、神は疲れを知らず成就しようとする働きを続ける。人々がどれほど神の経営を理解しているかに関わらず、神の働きの恩恵と助けがすべての人に理解される。おそらく、今日、あなたは、神に与えられた愛もいのちも何も感じていない。しかし、あなたが神を捨てない限り、真理を求めようという決意を諦めない限り、神の笑顔があなたの前に現される日は必ず来るだろう。神の経営の働きの目的は、サタンに堕落させられ、神に敵対する人間を見捨てず、サタンの支配下にある人間を取り戻すことなのだから。
2020年4月12日日曜日
[東方閃電]全能神教会 日々の神の御言葉「終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる」(抜粋2)
[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。
場所:
日本
2020年4月4日土曜日
[東方閃電]全能神教会 朗読 主イエス・キリストの再臨の御言葉 「神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である」その2
[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。
場所:
日本
2020年4月3日金曜日
[東方閃電]全能神教会 「ノアの日々が来た」終わりの日の箱舟に乗る 日本語
「ノアの日々が来た」終わりの日の箱舟に乗る 日本語
ノアの時代の人類を振り返りましょう。悔い改めることを考えずに、人はあらゆる種類の邪悪な活動を行いました。誰も神の言葉を聞きませんでした。人々の頑固さと悪は神の怒りを呼び起こし、ついに大洪水の災いに人々は飲み込まれました。ノアと彼の八人の家族だけが神の言葉に耳を傾け、生き延びられました。今日、世の終わりはすでに到来しました。人類の堕落はさらに深刻になってきています。誰もが悪をあがめます。宗教界全体は世界の潮流に従います。人々は真理を少しも愛しません。ノアの時代はすでに到来しました。人類を救うために、人類の中で世の終わりの裁きの働きを行おうと、神はもう一度再来しました。これは神が人を救う最後の時です。人類は何を選べばよいのでしょうか。
これは実話です。四川省の清平镇の住民たちは全能神の国の福音を受け入れることを繰り返し拒否したため、二度の災いを経験しました。汶川大地震の間、全能神を信じる多くの兄弟姉妹たちは神によって奇跡的に保護され、生き残りました。これらの事実は証しを立てられました。神を受け入れ従う人々と神を否定し抵抗する人々です。これらの二種類の人々には、ふたつの非常に異なる結末があります。
2020年3月16日月曜日
[東方閃電]全能神教会 ゴスペル音楽 ワーシップソング 「神の国での新しい生活のために賛美しよう」
ゴスペル音楽 ワーシップソング 「神の国での新しい生活のために賛美しよう」 私たちは神様の御声を聞き 神の家に帰ってきた 私たちは集まって御言葉を食べ飲みし 祝宴に参加する 私たちは、悲しみや混乱に別れを告げ新しい人生を送る 日々御言葉が共にあり それをいっぱいに浴びる 真理についての交わりで心を開き 私たちの心はとても明るくなる 私たちは御言葉を黙想して 聖霊が私たちを啓く 私たちの障壁や偏見は取り除かれ私たちは神様の愛の中に住む 私たちは真理を理解し自由にされ心は蜜のように甘い 私たちは愛し合い、互いに距離はない 私たちは神様の心を理解しもはや消極的ではない 御言葉の中に生き 私たちは神の麗しさを見る 私たちは人生で光の道を歩んだがこれはすべて神様の導き 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 御言葉はとても貴く、そのすべてが真理 御言葉の裁きを受け入れて 私たちの堕落が完全に暴かれた 傲慢な性質により 私たちは実に理性に欠けている 御言葉が私たちを刈り込み取り扱い自己を知るようになった 私たち顧み、自己を理解し、真に悔い改める 裁きと刑罰を通して 私たちの堕落は清められる 私たちは堕落した性質を捨て去り 新しい人間になる 私たちは合格できるように本分を尽くし神様の愛に報いる 私たちはそれぞれなすべきことをして神様に忠誠を尽くす 証しに固く立ち、神様の御心を達成する 私たちはそれぞれ自分の光と熱を放ち 神様のために証しを広める 神様への純粋で誠実な愛は幸福で甘い 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 私たちは、心と手をつなぎ神様を証しする 私たちは、御国の福音を広め 苦難や疲労を決して恐れない 患難や試練を通して 私たちは祈り、神様に頼る その道は辛く険しいが 神様は道を開いてくださる 御言葉の真理を知ると 私たちの心は力を得る 御言葉は私たちを勇気づけ 私たちは前へと突き進む 私たちは肩を並べて手と手をとりあって 神様のために証し体と心を神様にささげる 苦しみがどんなに大きくても 私たちは心から喜ぶ 御言葉の導きで、私たちはサタンに勝利する 真に神様を愛し、それを決して悔やまない 私たちは赤い大きな竜を完全に見捨てた 私たちは勝利の兵士だ 私たちは、神様を愛する道において証しし 決して引き下がらない 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 私たちは神様への賛美を大声で歌い 踊りまた踊る 私たちは神の国での新しい生活を賛美し 心は真に幸せ 私たちを救ったのは神様で 私たちは神様の民になった 神様の御座の前に引き上げられることは 比類なき楽しさ 『小羊に従って新しい歌を歌おう』より
場所:
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2020年3月15日日曜日
[東方閃電]全能神教会 HDドキュメンタリー2018 「万物の主権を握るお方」創造主の全能への証し|完全な映画|日本語
広大な宇宙に広がる天体。それぞれが寸分の狂いもなく軌道を回る。天の下では山も、川も、湖もそれぞれの領域を守り、あらゆる生物はいのちの法則に従い、四季を通じて生き、繁殖する・・・全ては美しく、完璧に作られ、配置されている―それを支配する力強い手は存在するのか。この世に生まれた瞬間から、だれもがその人生に託された役割を担う。人はみな生まれ、老い、病み、そして死ぬ―喜びと悲しみを繰り返しながら・・・人はいったいどこから来てどこへ行くのか?私たちの運命は誰が握っているのか。太古の昔から今日まで、偉大な国家が興り、王朝が栄えては、衰退していった。歴史の渦の中で、国々と民族が繁栄しては消えていった・・・自然の法則同様、人類発展の法則にも神の奥義がある。あなたはその答えが知りたいだろうか。ドキュメンタリー「万物の主権を握るお方」が、あなたをその真髄へと導き、奥義を明らかにする。
[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。
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2020年3月9日月曜日
[東方閃電]全能神教会 キリスト教映画「終電に乗る」抜粋シーン(3 )主が再来される時の働きの方式
キリスト教映画「終電に乗る」抜粋シーン(3 )主が再来される時の働きの方式
終わりの日において、主イエスは肉となってお戻りになり、真理を表されて神様の家から始まる裁きの働きをなさってきました。しかし主を信じる多くの兄弟姉妹が、ヤーウェ神は旧約聖書における霊として働きをなさったとか、神様は終わりの日に受肉なさる必要がなく、霊の形で働きをお続けになるとか信じています。受肉した神様の働きと霊の働きとの違いは何でしょうか。
場所:
日本
2020年3月8日日曜日
[東方閃電]全能神教会 「終電に乗る」から、その二「主イエスが肉体に戻るについての預言」
世の終わりに主イエスが受肉して再臨されるということは聖書に預言があるのでしょうか。本短編映画に注目してください。
[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。
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日本
2020年2月11日火曜日
キリスト教会寸劇2019「戸を叩かれる主」神の羊は神の御声を聞き分ける 日本語吹き替え
キリスト教会寸劇2019「戸を叩かれる主」神の羊は神の御声を聞き分ける 日本語吹き替え
本劇「戸を叩かれる主」では、終わりの日に主が御言葉によって私たちの心の戸を叩いてくださり、賢い乙女が神の御声を聞き、子羊と婚宴を共にするということが、どのように実現するかが明らかにされる。
チャン・ショウダオ牧師は日頃から主の再来を待ちわびていたが、信徒のチェンによる「主が既に再来された」という証を聞いても、「主は雲に乗って戻られるはずだ」と自分の観念や想像に頑なに執着し、真の道へ通じる心の戸を閉ざし続ける。しかし今回、チェンが主の再来に関する聖句を参照してチャン・ショウダオと議論し、チャン・ショウダオは聖書に、終わりの日に主は受肉して密かに再来し、新しい御言葉を語り人を清められた後、初めて公にお姿を表し、善に報い、悪を罰せられる、というような預言があることを学ぶ。また、「主が戸を叩かれる」ことの真の意味を理解し、主の再来をお迎えするには神の御声を聞くことが大切であると悟る。全能神の御言葉において神の御声を聞いた牧師は、ついに心の戸を開き、主の再来をお迎えする。
場所:
日本
2020年2月8日土曜日
[東方閃電]全能神教会 キリスト教映画「美しき声」抜粋シーン(1)主イエスの再臨についての預言はどのように成就されるのか
キリスト教映画「美しき声」抜粋シーン(1)主イエスの再臨についての預言はどのように成就されるのか
宗教界の多くの人は、主が雲に乗って降臨されるという預言に執着しており、そのように主が来られて彼らを天国へと引き上げるのを待ち望んでいる。しかし、「見よ、わたしは盗人のように来る」(ヨハネの黙示録16:15)や「夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。」(マタイによる福音書25:6)など、主は密かにやって来られるという預言を見落としている。では、これら主の再臨についての預言はどのようにして満たされるのか?また、私たちはどうすれば主の再臨を迎える賢い乙女になれるのか?
場所:
日本
2020年2月6日木曜日
キリスト教会漫才2019「主の到来の形」 聖書の預言──主イエスの再臨の奥義を明らかにする 日本語吹き替え
キリスト教会漫才2019「主の到来の形」 聖書の預言──主イエスの再臨の奥義を明らかにする 日本語吹き替え
終わりの日、主イエスの再来を待つキリスト教徒たちの間で緊張感が高まる中、実際に主はいかにして再来されるのかという疑問が出る。「雲に乗ってお見えになる」と言う者もいるが、それに対し、再来の預言が他にもあると指摘して異議を唱える声もある。「見よ、わたしは盗人のように来る」(黙示録16:15)、「しかし、彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない。」(ルカ 17:25)、「夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。」(マタイ25:6)もし主が誰にでも見えるように雲に乗って来られるなら、主が密かに現れ、苦しみ、捨てられるという奥義や、再来の証しをする者たちが出て来るという御言葉はどう説明できるのだろうか。主はどのような形でお姿を表されるのか。本作「主の到来の形」は、私たちの疑問にユーモラスに答えていく。
場所:
日本
2020年2月4日火曜日
キリスト教映画「待ち焦がれて」抜粋シーン(2)神様の現れの奥義を知っていますか
主の信者の多くは、主は輝きに満ちて雲に乗り公然と姿を現すと信じ、いつも空を眺めて主が雲に乗って現われるのを待ち、天国に引き上げられ主に会えるものと考えています。果たしてこれは真理に沿っているのでしょうか?神様の出現と御働きにどうやって気が付くのでしょう?神様の出現にはどのような奥義が込められているのでしょう?
[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。
2020年1月30日木曜日
[東方閃電]全能神教会 ゴスペル音楽 「失われた時は二度と戻ってこない」神からの終わりの日の警告
Ⅰ
目覚めよ!兄弟姉妹たち!
神の日は遅れることがない
時は命、時をとらえることは命を救い
その時は近い
試験なら、落ちたとしても
学び直し、再挑戦できるが
神の日は決して遅れないことを
あなたは知らなければならない
Ⅱ
覚えておくように
神のこれらの良い言葉は
あなたを促すためにある
終わりは目前で
災害が近づいている
大切なのはあなたの命か
それとも食べ物や衣服だろうか
今、熟考するべき時が来たのだ
Ⅲ
人類は何と惨めで
貧しく盲目で、残酷なのか!
神の言葉は耳のそばを吹きゆく
風のようなものなのか
神の話は無駄だろうか
何故あなたはまだ怠慢なのか
神がこれらを誰に言っているのか
一度も考えたことはないのか?
神を信じなさい
神はあなたの救い主
そして全能者なのである
見張り続けよ
失われた時は戻らず
後悔に効く薬はない
神はどのようにあなたに告げるのか?
神の言葉は熟考に値しないのか?
『小羊に従って新しい歌を歌おう』より
場所:
日本
2020年1月26日日曜日
[東方閃電]全能神教会 「いにしえは刺の如く」から、その六「救われることや天国に入ることについて討議する」
常に罪を犯す者が天国に入れるでしょうか。どうすれば罪が取り除かれ、天国に入れるのでしょうか。本短編映画があなたにその答えを教えてくれます。
[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。
2020年1月23日木曜日
[東方閃電]全能神教会 クリスチャン映画「心の鎖を解き放つ」人間は本当に自分の運命を支配しているのだろうか 日本語
2016年に陳智はアメリカに移住しました。そこで彼は妻の助けを通じて全能神の働きを受け入れました。全能神の言葉を読んだ陳智はやがて人類の運命は神様が握っていて、人は自らの能力に頼って運命を変えることは出来ないのだということを悟ります。また人の人生の中で出くわす苦難の理由も悟り、如何にサタンが人類を堕落させたかという事も知ります。更に意義のある人生を生きるには人は神様の前に出て裁きを受け、神様の言葉の刑罰を受けて清められて神様の言葉に頼って生きるようになって初めて神様の称賛を得るに値するようになるのだと悟ります。陳智は全能神の言葉からいくつかの真理を悟り、人生の正しい見方を得て。自らの人生を神様に預け、神様の支配と手配にゆだねることを知り、「自らの運命を自らの手中に」という心の中のくびきから解放され、それ以来、明るく正しい人生を歩むようになりました。
[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。
2020年1月11日土曜日
[東方閃電]全能神教会 「玉座から命の川の水が流れ出る」から、その八「どうやって『永遠の命の道』を得るか」
「玉座から命の川の水が流れ出る」――どう追い求めれば永遠の命の道を得ることができるでしょうか?
[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。
場所:
日本
2020年1月9日木曜日
[東方閃電]全能神教会 「愛の使命」から、その三「清められ、救われる道」
主イエスは十字架につけられて、すでに私たちを罪の中から贖ってくださいました。 なぜ神様が世の終わりにもう一段階の裁きの仕事をなさってこそ、 人が清められ、救われるのでしょうか。 ここであなたはきっと答えを見つけるはずです。
[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。
2020年1月7日火曜日
[東方閃電]全能神教会 「覚醒」から、その二「救われることと救いを得ることの違い」
救われるとはどういうことで、救いを得るとはどういうことでしょうか。あなたはその区別が分かりますか。本短編映画があなたと一緒にこの問題を討議します。
[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。
2020年1月2日木曜日
[東方閃電]全能神教会 讃美歌「受肉した神は静かに救いの業を為す」キリストの愛は確かなものだ
Ⅰ
神は肉となり、人の中に隠れ
新しい業で私たちを堕落から救う
神は説明するよりも
自ら立てた計画の 通りに少しずつ業を為していく
神の言葉は日ごとに増え
人を慰め、思い出させ 叱責と警告を与えている
穏やかで優しいものから 荒々しく威厳あるものまで
神の言葉には憐みと畏れがある
神の言葉全ては最も深い秘密を暴く
私たちは心を刺され、恥入る
神の生ける水は尽きず、彼の
おかげで私たちは神と顔を合わせて生きる
Ⅱ
神の言葉はいのちの力に満ち
歩むべき道を示し真理を教えてくれる
目立たぬ人の姿だが
私たちはその言葉に惹かれ
彼の口調と心の声に耳を傾ける
彼は全ての努力を尽くし その心から血を流す
私たちのために嘆き、痛みに泣き
その行く先と救いのために 恥を忍び、その心は
私たちの反抗ゆえに血を流し、泣く
こんな存在と属性を持つ者は他にない
誰も彼の忍耐強さには及ばない
どんな創造物も彼のような
愛と忍耐を持つことは決してできない
神は肉となり、人の中に隠れ
新しい業で私たちを堕落から救う
神は説明するよりも
自ら立てた計画の
通りに少しずつ業を為していく
そうだ、神は少しずつ業を為していく
『言葉は肉において現れる』より
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