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2019年5月12日日曜日

キリスト教映画「勝利の凱歌」抜粋シーン(6)清めと救いにいたる道




キリスト教映画「勝利の凱歌」抜粋シーン(6)清めと救いにいたる道
終わりの日の神の裁きの御働きでは、どのようにして人を清め救うのでしょうか。真理といのちを得、救われて天国に入る資格を得るために、実際どのようにして神の裁きと刑罰を受けるのでしょうか。この動画がその答えを示してくれます。そして、天国に入る道を指し示してくれます。

2019年5月8日水曜日

クリスチャン映画「福音の使者」 抜粋シーン(2)キリストは受肉した神




過去2千年間、主の信仰者たちは、主イエスがキリストであること、肉となった神であることを承知していたが、神の受肉とは実際に何であるか、受肉した神を我々はいかに知るべきかに関する真理の奥義を理解できる者はいなかった。このため、終わりの日の全能神が裁きの働きを行うため肉となって来られても、一部の人々は全能神を普通の人であるかのように扱い、終わりの日の全能神の働きを受け入れようとしない。これでは終わりの日の神の救いを失ってしまいかねない。受肉の真理を理解することが主の再臨をお迎えするのに緊要であることは明白である。

2019年4月19日金曜日

朗読 神の言葉 「唯一の神自身 5神の聖さ(2)」 その1





朗読 神の言葉 「唯一の神自身 5神の聖さ(2)」 その1

つまり、人は堕落した性質の只中で生きており、邪悪と汚れの世界で生活しているからです。人が見るものすべて、触れるものすべて、経験するものすべてがサタンの邪悪であり、サタンの堕落であり、またサタンの影響下で人々のあいだで起こる陰謀、内紛、戦争です。ですから、神が人において働きを行なうときでさえ、神が人に語りかけ神の性質と本質を明らかにするときでさえ、人は何が神の聖さと本質であるかを見ることも知ることもできないのです。人はよく神は聖であると言いますが、真の理解はしていないのです。ただ、空っぽの言葉を述べているだけです。人は汚れと堕落にまみれて、サタンの領域で生きているため、光を見ることはなく、前向きな物事を何も知らず、さらに真理を知らないのです。ですから、何が聖なるものなのか誰も本当には知りません。

『言葉は肉において現れる』より

2019年3月9日土曜日

讃美歌「受肉した神は静かに救いの業を為す」キリストの愛は確かなものだ



讃美歌「受肉した神は静かに救いの業を為す」キリストの愛は確かなものだ

Ⅰ

神は肉となり、人の中に隠れ

新しい業で私たちを堕落から救う

神は説明するよりも

自ら立てた計画の 通りに少しずつ業を為していく

神の言葉は日ごとに増え

人を慰め、思い出させ 叱責と警告を与えている

穏やかで優しいものから 荒々しく威厳あるものまで

神の言葉には憐みと畏れがある

神の言葉全ては最も深い秘密を暴く

私たちは心を刺され、恥入る

神の生ける水は尽きず、彼の

おかげで私たちは神と顔を合わせて生きる

Ⅱ

神の言葉はいのちの力に満ち

歩むべき道を示し真理を教えてくれる

目立たぬ人の姿だが

私たちはその言葉に惹かれ

彼の口調と心の声に耳を傾ける

彼は全ての努力を尽くし その心から血を流す

私たちのために嘆き、痛みに泣き

その行く先と救いのために 恥を忍び、その心は

私たちの反抗ゆえに血を流し、泣く

こんな存在と属性を持つ者は他にない

誰も彼の忍耐強さには及ばない

どんな創造物も彼のような

愛と忍耐を持つことは決してできない

神は肉となり、人の中に隠れ

新しい業で私たちを堕落から救う

神は説明するよりも

自ら立てた計画の

通りに少しずつ業を為していく

そうだ、神は少しずつ業を為していく

『言葉は肉において現れる』より


2019年2月10日日曜日

全能神教会の御言葉カード


    聖さの本質は真の愛であるが、それ以上に真理や義、光の本質である。「聖なる」という言葉は、神に用いられた時のみ適切であり、創造物のうちで聖なる物と呼ぶに相応しいものは存在しない。人間はそのことを理解する必要がある。真の聖さを知らないということは、神を知らないということに等しい。聖なる存在は神のみであり、それは議論の余地が無い真理である。