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2019年5月28日火曜日

「心の貧しい人々は幸いである」から、その二「人類には神様の世の終わりの働きの救いが必要である」



 主イエスの救いだけで人が完全に清められ、天国に入ることができるのでしょうか。本短編映画があなたにその答えを教えてくれます。

[東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。

2019年3月17日日曜日

全能神教会御言葉の抜粋「唯一の神自身 10」 1




神は万物の生命の源である (4)

    本日は専門的な事項について話し合っている。あなたがたそれぞれが知り、経験し、理解すべき主要な事項は、主に2つしかないが、その2つとは何であっただろうか。そのうち1つは人間の個人的ないのちの成長であり、もう1つは神を知ることに関するものである。本日は、あなたがたに選択の機会を与えるので、ひとつ選んで欲しい。あなたがたが聞きたい話題は、人間の個人的ないのちの経験に関する話題であろうか、それとも神自身を知ることに関する話題であろうか。このような選択の機会をあなたがたに与える理由は、本日、わたしは、神を知ることに関して、新しい事柄をあなたがたと話し合いたいと考えているからである。いずれにせよ、まずは先述した2つの話題のうちいずれかを、あなたがたに選択してもらうことにしよう。(神を知ることに関する話題を選択する。)(神に関する認識を話し合う方が良いと思う。)あなたがたは、神を知ることに関して最近わたしたちが話し合っている事柄が達成可能だと思うであろうか。(神が最初に交わりを行われた時は、それが達成可能だとは感じなかった。その後、神は数回の交わりを行われ、最初の交わりを顧みたとき、神が造られた環境のなかで、兄弟姉妹が皆その領域における経験に留意していた。)それは大部分の人々にとって、手の届かない領域にあると言えるであろう。あなたがたは、そうした言葉により確信は得ないかも知れない。わたしがこう述べるのは何故であろうか。その理由は、以前にわたしが述べた事柄は、わたしがどのように述べたか、どのような言葉を用いたかを問わず、あなたがたがそれを聞いた時、わたしが述べた事柄を、言葉としてまた理論的には認識したが、しかしあなたがたの深刻な問題として、わたしがそのような事柄を述べた理由、わたしがそうした事柄について話をした理由を理解していなかったからである。このことが問題の要点である。このように、その言葉を聞くことにより、神や神の業に関するあなたがたの知識が増し、豊富になったにもかかわらず、あなたがたにとって神を知ることが依然として困難なのは何故であろうか。それは、わたしの話を聞いても、あなたがたのうち大部分の者が、わたしがその話をした理由と、その話と神を知ることのつながりを理解していないからである。そうではないだろうか。その話と、神を知ることのつながりを理解できないことは、何と関連するであろうか。あなたがたは、このようなことを考えたことがあるだろうか。おそらくあなたがたは、このようなことを考えたことが無いであろう。あなたがたがそれらの事柄を理解していないのは、あなたがたのいのちの経験が表面的すぎるからである。神の言葉に関する人間の認識と経験が極めて浅薄な段階のままである場合、神に関する人間の認識は、曖昧で抽象的なもの、初歩的なもの、原理的なもの、理論上のものに留まる。理論上は、論理的で合理的のように思われるが、大部分の人々が発言する神に関する認識は、空虚なものである。それでは、わたしがそれを空虚であると言う理由は何であろうか。それは、事実として、あなたの心中では、神について知ることに関してあなたが発言する言葉が正しいかどうか、正確かどうかが明瞭ではないからである。そうしたわけで、神について知ることに関する情報を、大部分の人々が聞いたことがあるにもかかわらず、こうした人々の神に関する認識は、論理的で曖昧で抽象的な原理の域を超えないものである。

    それでは、この問題はどうすれば解決できるであろうか。あなたがたは、このようなことを考えたことがあるだろうか。ある者が真理を追求しなかった場合、その者は現実を獲得できようか。(獲得できない。)その通りである。その者が現実を知ることが出来ないのは、確実である。ある者が真理を追求しなかった場合、その者には現実が欠如し、したがってその者には神の言葉に関する認識や経験が無いことは確実である。それでは、神の言葉を知らない者は、神を知ることが出来るであろうか。絶対にそのようなことは無い。それら2つの事項の間には、相互に関連性がある。したがって、大部分の人々が「神を知ることは、何と難しいことであろうか。こんなに困難なのは何故だろうか。神に関する認識について、私には何も述べられないのは何故だろうか。」などと言う。自分自身を知ることについては、何時間でも話を出来るが、神を知ることについて述べようとすると、絶句してしまうのである。何か述べることがあったとしても、それには無理があったり、曖昧なものとなってしまったりして、話している本人が聞いても不自然に思われる。これが原因である。神を知ることが困難すぎる、難儀だ、それについて何も話せることが無い、語り合って相手や自分自身に与えることが無い、と感じる場合、それは、あなたが神の言葉を体験したことが無い者であることを示すのである。神の言葉とは何であろうか。神の言葉は、神が持っているものや神が何であるかを表出されたものではないか。神の言葉を体験したことが無い場合、神が持っているものや神が何であるかに関する認識を得ることが出来るであろうか。間違い無く出来ないであろう。これらの事柄は、すべて相互に関連している。神の言葉に関する体験が無い場合、神の心を把握することは出来ず、したがって、神の性質や、神が好む事柄や嫌悪する事柄、人間に対する神の要求、善良な者に対する神の姿勢、邪悪な者に対する神の姿勢を知ることは無く、こうした事柄は全て曖昧で不明瞭なものになることは確実である。そうした不明瞭さにもかかわらず、神を信じている場合、真理を求めて神に付き従っていると言った場合、そうした発言には現実性があるであろうか。そうした発言に現実性は無いのだ。そのことを踏まえて、選択して欲しい。本日の話題として、あなたがたはどちらを選択するであろうか。(いのちの成長と人間の個人的ないのちの経験を選択する。)(いのちの成長を選択する。)いのちの成長に関してあなたがたに欠如しているのは、どの領域の事項であろうか。あなたがたの心が、あなたがたに訴えている事柄は、何かあるだろうか。あなたがたは、まだ知らないであろう。その他の人達は、どちらの事項を選ぶであろうか。神の認識に関する話と、いのちの経験に関する話のうち、どちらを希望するであろうか。(神を知ることに関する話題を選択する。)(神を知ることに関する話題である。)あなたがたのうち大部分が、神を知ることに関する話題を選択した。それでは、神に関する認識について、話を続けることにする。

 あなたがたは皆、本日の事項に関する話を聞くことを熱望しているであろう。本日の話題は、最近話をした事項、「神は万物の生命の源である」にも関連する。「神は万物の生命の源である」に関しては、これまで数回話をしたが、それらの話は、神が造った地球上に万物が存在できるようにするために、神が万物を支配していること、神はどのような手段を用いて万物を支配しているか、どのような原則にしたがって万物を管理しているかを人々に伝える様々な方法や観点を用いることが目的であった。また、神が人間に与える方法、つまり、神はどのような手段で人間に与えるか、神は人間にどのような生活環境を与えるか、神は人間に安定した生活環境を与えるために、どのような手段と推進力を用いるかについても、多くの事柄を話した。神の万物に対する支配、神の万物統治、神の経営の関係については直接的に話をせず、神がこのような方法で万物を統治する理由、そして神がこのような方法で人間に与え、人間を育む理由について、間接的に話をしたが、これらはすべて神の経営に関する事柄である。マクロ的な環境から、人間の基本的な生活必需品や食糧など、それよりも遙かに小さな事柄まで、また神が万物を支配し、規律に従って機能させることから、様々な人間のために神が造った適正な生活環境などに至るまで、話した内容は極めて広範である。この広範な内容は、全て人間が肉にあってどのように生きるかに関連している。つまり、この内容は、たとえば山、川、海、平原など、人間が目で見て感じることができる、物質世界の物事に関連するものである。これらの物は、全て目で見て触れることが出来るものである。わたしが空気や気温について話をする時、あなたがたは呼吸により空気の存在を直接感じ、身体により気温の高低を直接感じることができる。森の中の木々や草、鳥や獣、空を飛ぶものや地を歩むもの、巣穴から出てくる様々な小動物は、すべて人間の目で見て、耳で聞くことのできるものである。こうした物の範囲は極めて広いが、すべて物質世界のみを表すものである。人間の目に見える物は何であろうか。目に見える物は、物質的な物である。物質的な物とは人間が見たり触れたりすることが出来るものである。すなわち、手に触れた時にその物を感じ、目で見た時に脳が人間に映像すなわち図画を与えるものである。物質的な物は、実在する事実であり、人間にとって抽象的では無く、角ばっていたり丸かったり、背が高かったり低かったり、大きかったり小さかったりといった姿形があるものであり、人間に対してそれぞれ異なる印象を与える。これらの物質的な物は、物質世界の物全体の一部を構成するものである。それでは、神にとって、「神による万物の統治」の「万物」には、何が含まれるであろうか。この「万物」には、人間が見て触れることのできる物だけでなく、目に見えず、触れることの出来ない物も含まれる。これは、神による万物の統治の真の意味のひとつである。これらの物事は目に見えず触れることの出来ない物事であるが、これらの物事もまた実在する物事である。神にとっては、その物事が神の目で観察可能であり、かつ神の統治の範囲内にあれば、その物事は実在する。人間にとって、それらの物事は抽象的であり、想像不可能なことであり、目に見えず触れることが出来ないとしても、神にとって、それらの物事は実在する。神が支配する万物のもうひとつの世界は、そのようなものであり、それが神が支配する万物の範囲の、もうひとつの部分である。本日は、この事項について、すなわち神が霊的世界をどのようにして支配し、統治するかについて、話をする。この事項では、神が万物を支配し、統治する方法について話をするので、この事項は物質世界の外部の世界である霊的世界に関連するものであり、したがって人間にとっては、最も理解が必要とされる事項である。この内容について話し合い、理解して初めて、人間は「神は万物の生命の源である」という言葉の本当の意味を、真に理解できるようになる。そして、この事項の狙いは、「神は万物を支配し、管理する。」という主題を完結させることである。この事項に関する話を聞いた時、その話が異様である、あるいは信じがたいと感じるかも知れないが、あなたがたがどう感じるかを問わず、霊的世界が、神により支配されている万物の一部である以上、あなたがたはこの事項から何らかの知識を得るべきであることは間違い無い。この内容について話し合い、理解して初めて、人間は「神は万物の生命の源である」という言葉の意味を、更に深く理解し、その言葉に関する認識を得るだろう。

2019年2月19日火曜日

クリスチャンの証し「共産主義の妄言」抜粋シーン(3)正しい宗教とは、邪教とは



クリスチャンの証し「共産主義の妄言」抜粋シーン(3)正しい宗教とは、邪教とは
中国共産党はマルクス・レーニン主義の無神論政党であり、あらゆる神学に反対しています。中国共産党はあらゆる宗教団体を「邪教」として非難しています。これは真理に合致するのでしょうか。結局のところ、何が正しくて何が悪なのかは、真理と一致しているかどうか、そして神の言葉が決定基準であるかどうかに基づいていなければなりません。それでは正しい宗教とは、邪教とは何でしょうか。この短いビデオをご覧ください。