2019年1月23日水曜日

全能神教会御言葉の抜粋「「唯一の神自身 8」7



5.気流

五番目は何でしょうか。これは一人ひとりの日常生活に深く関係していて、この関係は強く、それなしでは、この物質世界で人体が生きて行けないものです。それは気流です。「気流」は、おそらくすべての人が理解する言葉です。では、気流とは何ですか。あなたがた自身の言葉で説明してみなさい。(気流とは空気の流れです。)そう言うことができます。空気の流れを「気流」と呼びます。気流とは、人間の目に見えない風です。またそれは、気体の運動形態のひとつでもあります。しかし、わたしたちがここでおもに話し合っている気流とは、何ですか。わたしが言えば、あなたがたはすぐに分かります。地球は回りつつ、山や海や万物を抱えており、地球が回るとき、速度があります。あなたが回転を感じなくても、地球は確かに回転しています。この回転により、何が発生しますか。人間が走ると、何が起きますか。走ると耳に風が起こりますか。(はい。)人間が走ると風が発生するのが可能なら、地球が回転した時に風が発生しないということがどうして有り得るでしょうか。地球が回転する時、万物は運動しています。運動し、一定の速度で回転していますが、それと同時に地上の万物はまた継続的に繁殖し、発展しています。したがって、一定速度で移動すると、当然気流が発生します。これが気流です。この気流は人体に何らかの影響を及ぼすでしょうか。台湾と香港は、どちらも台風があります。台風はそれほど強力ではないですが、台風に見舞われると、人間は立っていることができず、風の中を歩くのに困難を感じます。一歩進むのさえも困難です。あまりに強くて人が風で何かに押し付けられ動くことができなくなることがあります。これは、気流が人類に影響を与える形態のひとつです。もし地球全体が平野であったならば、ある程度の速度で地球の回転と万物の動きで発生する気流に人体が耐えるのは極めて困難となるでしょう。それに対処するのは、極めて困難です。そうであれば、この気流は人類に危害を及ぼすだけでなく、破壊してしまいます。このような環境では、誰も生存できないでしょう。そうしたわけで、神は様々な地理的環境を用いて、こうした気流を解消し、気流の方向や速度、威力を変え、緩和させるのです。山、山脈、平野、丘陵、盆地、峡谷、高原、川などの様々な地理的環境が見られるのは、そのためです。神はこうした様々な地理的環境を適用して気流の速度、方向、威力を変化させ、このような方法を用いて気流を適切な風速、風向、風力へと縮小あるいは操作するので、人間は通常の生活環境を得ることができます。そうすることは必要ですか。(はい。)こうしたことを行うのは、人間にとって困難に思われますが、神にとっては容易です。なぜなら神は万物を監督しているからです。神にとって、人類に適した気流のある環境を創ることは極めて単純かつ容易です。したがって、神が創ったこのような環境において、万物のそれぞれひとつひとつが不可欠なのです。それらのすべてその存在に価値と必要性があります。しかし、サタンと堕落した人類は、こうした思想を理解しません。彼らは破壊と開発を続け、むやみに山々を平野へと換え、峡谷を埋め立て、平野に高層ビルを建て、コンクリートジャングルを造り出します。神が人間のために用意した人間に最適な環境において、人間が幸福に暮らし、幸福に成長し、幸福な毎日を送れることが神の望みです。人類の生活環境を扱うことに関して、神が不注意であったことが決してないのはこのためです。人類の生活環境と身体が自然条件に起因する障害の影響を一切受けず、人類が正常に生活し、繁殖し、万物と調和して共に正常に生活できるように、神は気温から空気、音、光にいたるまで、精緻な計画を立て、精緻な采配を行なってきました。これらはすべて神により万物と人類に与えられています。

人間の生存のためのこれら五つの基本的条件を神が取り扱った方法から、神が人類に与えるものが分かりますか。(はい。)つまり、神は人間生存のための最も基本的条件を作ったのです。同時に、神はこれらを管理し、制御し、人間が存在するようになって数千年を経た今も、依然として継続的に人間の生活環境を変化させ、人類にとって最善かつ最適な生活環境を与え、人間の生活が普通に維持されることができるようにしています。これはいつまで維持されるでしょうか。言い換えるなら、どれくらいのあいだ神はそうした環境を与えるでしょうか。神がその経営(救い)の働きを完了するまでです。その後は、神は人類の生活環境を変化させます。それは同様の方法によるかもしれませんし、あるいは異なる方法によるかもしれませんが、今人間が真に知る必要のある事は、神は人類に必要なものを与え続け、人類の生活環境を管理し、保存し、保護し、維持しているということです。神の選民がこのように普通に生活し、神の救いと刑罰、そして裁きを受けることができるのは、こうした環境のゆえです。神の支配のおかげで万物は存続し、また神がこうして与えているおかげで全人類は進歩を続けています。

たった今わたしが話をした部分は、あなたがたに何か新たな考えをもたらしましたか。あなたがたは、今では神と人類の最大の違いを感じますか。それでは、万物の支配者は誰ですか。それは人間ですか。(いいえ。)それでは、万物の取り扱い方における神と人間の相違が何かを知っていますか。(神様は万物を支配して取り決められ、人間はそのすべてを享受します。)あなたがたはこの意見に賛成ですか。(はい。)神と人類の最大の相違点は、神は万物を支配し、すべてを与えるということです。神は万物の源であり、人間は神が与える万物を享受します。つまり、神が万物に与えるいのちを人間が受け入れる時、人間は万物を享受するということです。人類は神の万物創造の成果を享受するのに対し、神は主です。それでは、万物の立場から見ると、神と人類の相違点は何ですか。神は万物の成長様式を明瞭に見ることができ、万物の成長様式を制御し、支配します。すなわち、万物は神の目の中にあり、神の監視範囲内にあります。人間には万物が見えますか。人間に見えるものには制限があります。それを「万物」と呼ぶことはできません。それはただ人間の目に見えるものに過ぎません。もし人間が山に登ると、人間に見えるのは、その山です。その山の反対側にあるものは見えません。人間が海岸へ行くと、人間に見えるのは目の前にある海ですが、その対岸の海がどのようであるかは知りません。人間が森に辿り着くと、人間には自分の周囲と目の前にある植物が見えますが、その先に何があるかは見えません。人間は高い場所、遠い場所、深い場所を見ることができません。人間に見えるものは、目の前にあるものと、視野の中にあるものだけです。人間が一年間の四季の様式や万物の成長様式を知っていたとしても、万物を管理したり支配したりすることはできません。その一方、神の万物の見方は、あたかも神が自ら製作した機械を見るようなものです。神はそれぞれの部品について熟知しているのです。その原則が何か、その様式は何か、その目的は何かについて、神はこれらのことすべてを明白に知っています。それゆえに、神は神であり、人間は人間なのです。たとえ人間が科学や万物の法則の研究を続けたとしても、それは依然として限界のある範囲内であり、その一方で神は万物を支配しています。それは人間にとって無限です。もし人間が神が行った極めて小さな何かを研究したならば、生涯を研究に捧げても、何ら実質的な成果を達成しないことがありえます。もしあなたが知識や学習した事柄を用いて神を研究しても、神を知ることも理解することも決してできないのは、このためです。しかし、もし真理を求め、神を求める道を用い、神を知ろうとするという観点から神を見つめるのならば、やがて神の業と知恵が随所にあることを認め、また神が万物の主、そして万物の生命の源であると言われるのはなぜかを知るでしょう。そうした認識をさらに得れば得るほど、神がなぜ万物の主と呼ばれるのかを一層理解するでしょう。あなた自身を含めた万物、すべてのものは、神から安定した施しを間断なく受け取っています。また、あなたはこの世界で、人類の只中に、万物の存在を支配し、管理し、維持するこのような力と本質をもつことのできるのは、神を除いて存在しないことを明らかに感じることができます。あなたがこうした理解を得る時、あなたは神があなたの神であることを真に認めるでしょう。あなたがこの点に達する時、あなたは神を真に受け入れ、神をあなたの神であり主であるとしたのです。あなたがそうした認識を得、あなたのいのちがそのような点に達した時、神はもはやあなたを試したり、裁いたりせず、またあなたに対して要求しなくなります。なぜなら、あなたは神を理解し、神の心を知り、神をあなたの心の中で真に受け入れたからです。このことは、神の万物支配と管理に関するこれらのことを伝える重要な理由です。このことは、人々により一層の認識と理解を与えるためであり、単にあなたに神の業を認めさせるだけでなく、それについてのさらなる実践的な認識と理解を与えるためです。

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