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2018年7月20日金曜日

【東方閃電】全能神教会御言葉の抜粋「唯一の神自身 3」5


 成長:第2の節目

 人間は、生まれた家庭により異なる様々な環境で育ち、自分の両親から様々な教えを受ける。これにより、ある者が成長して大人になるまでの条件が決定され、成長[b]は個人の人生における第2の重要な節目となる。この節目においても、人間には選択の余地が無いことは言うまでも無い。この節目もまた、事前に定められた既定のものである。

 1.人間の成長時の条件は創造主により決定される。

 人間は、自分が成長する際に啓発や影響を受ける人物や要素を選択出来ない。人間は、どのような知識や技能を身に付けるか、何を習慣とするかを、選択出来ない。人間は、誰が自分の両親や親戚となるか、自分がどのような環境で成長するかに干渉する余地は一切無く、他の人々との関係、出来事、周囲の物事、またそうした物事が自分の発達にどのような影響を及ぼすかは、すべて自分で制御出来る範囲外にある。それでは、こうした事柄は誰が決めるのであろうか。こうした事柄を事前に決めるのは誰だろうか。人間には、こうした事柄を選択することも、自分で決めることもできず、また明らかに自然と決まるものでも無いので、こうした事柄の形成は創造主の掌中にあることは言うまでも無い。創造主は、各人の出生する具体的な状況を予め定めるのと同様に、各人が成長する具体的な状況も予め定めることは言うまでも無い。ある者の出生により、その者の周囲の人々や出来事、物事が変化する場合、必然的にその者の成長や発達もまた、それらの人々や出来事、物事に影響を与える。たとえば、貧しい家庭に生まれるが、裕福な環境で成長する人々がいる一方で、裕福な家庭に生まれるが、その家庭の財産が減ってゆき、貧しい環境で育つ人々もいる。出生が一定の法則により管理されている者はおらず、必然的な一定の状況下で成長する者もいない。こうした物事は人間が想像したり制御したり出来るものでは無く、人間の運命の結果であり、運命により決定されるものである。無論、根本的にそうした物事は、創造主によりその者の運命に予定されている。その者の運命の創造主による統治と計画により決定されている。

 2.人間の成長時の様々な条件により、様々な役割が生まれる。

 ある者の出生の状況により、その者が成長する環境や状況の基本的な水準が決定され、その者が成長する状況は、その者の出生の状況の結果でもある。その者は、この期間に言語を学び始め、その者の心は新しい物事に数多く遭遇してそれを吸収するようになり、その過程においてその者は継続的に成長する。その者が聞く事柄、見るもの、心で感じる物事は、その者の内部の世界を次第に豊かにし、活性化させる。その者が遭遇する人々、出来事、物事、その者が学ぶ常識、知識、技能、その者が影響され、植え付けられ、教えられる考え方の全てが、その者の人生の運命に影響を与える。ある者が成長する時に学ぶ言語とその者の考え方は、幼年期を過ごす環境と不可分であり、その環境は両親や兄弟姉妹その他の人々、出来事、その者の周囲にある物事で構成されている。したがって、ある者の発達は、その者の成長時の環境により決まり、また成長時に遭遇する人々、出来事、物事により異なる。その者の成育時の条件は遠い過去に定められているため、その過程における生活環境も必然的に定められている。それは、その者が好みで選んで決めたものではなく、創造主の計画にしたがい、創造主の入念な采配と、創造主によるその者の人生の運命の統治により決定される。したがって、誰であれその者が成育時に出会う人々や遭遇する物事は、すべて必然的に創造主の采配と計画に関連している。人間はそうした複雑な相互関係を予測することも、制御することも、推測することも出来ない。ある者の成育環境には様々な物事や様々な人々が関連し、そうした広大な網の目のように広がる関連性を用意したり、指揮したりすることが出来る者はいない。創造主を除き、いかなる人間や物事も、様々な人々、出来事、物事の発生、存在、消滅を制御することが出来ず、ある者の発育を創造主により定められた通りに形成し、人の育成環境を形成し、創造主による経営の働きに必要とされる様々な役割を造り出して人間がその使命を完遂するための堅牢な基盤を固めるのは、極めて広大な網の目のような関連性である。



閲覧の詳細  唯一の神自身 3

2018年7月14日土曜日

【東方閃電】全能神教会御言葉の抜粋「唯一の神自身 3」3


 人類の運命と万物の運命は創造主による統治と不可分である

 あなたがたは皆、成人である。あなたがたの中には、中年の者もいれば、高齢者もいる。未信者から信者となるまでの間、そして神への信仰を持ち始めてから神の言葉を受け入れ、神の業を体験するまでの間に、あなたがたには神による統治に関する認識がどの程度あったであろうか。人間の運命について、どのような識見を得たであろうか。人間は、生涯のなかで望みを全て叶えられるであろうか。あなたがたは、数十年の生活のなかで、自分の望みをいくつ叶えることが出来たであろうか。叶わなかった望みはいくつあるだろうか。思いもよらなかった喜びはいくつあるだろうか。未だに結実するのを待っていたり、好機を無意識に待っていたり、天の意を待っていたりする事柄はいくつあるだろうか。絶望的で行き詰まったと感じた事柄はいくつあるだろうか。自分の運命には、皆大きな希望を抱き、全てが思い通りになり、衣料や食料が不足せず、財産がめざましく増えることを期待する。貧しく、虐げられ、困難で、災いに苛まれる人生を望む者はいない。しかし人間は、こうした物事を予測することも、操作することも出来ない。一部の人々にとって、過去は様々な経験の無秩序な寄せ集めに過ぎず、そうした人々は天の旨を知る事も、それが何かを考えることも無い。こうした人々は、動物のように、何も考えずに毎日を過ごし、人類の運命や、人類が生きている理由、人間はどのように生きるべきかなど考えることは無い。こうした人々は人類の運命について何も理解することなく年老いてゆき、死ぬときまで人生の意味について何も知ることは無い。そうした人々は死んでおり、魂の無い獣のような生き物である。人間は万物の中で生活し、この世で人々の物質的な需要を満たす様々な方法により快楽を得、この物質世界が継続的に進歩しているのを見ているにもかかわらず、自分自身の経験、すなわち人間の心や霊が感じる事柄は、物質的な事柄と何ら関係が無く、また、物質的な事柄はそうした経験の代替ではない。そうした経験は人間の心で深く認識する物事であって、目に見えないものである。そうした認識は、人生と人間の運命に関して、その者が理解し、それを感じることの中にある。そして多くの場合、そうした認識の結果として、目に見えない支配者が人間のために万物を用意し、指揮していることの理解へと繋がる。こうした物事の中では、人間は運命の定めや指揮を受け入れざるを得ず、また同時に、人間は創造主が計画した将来の道、創造主による個人の運命の統治を受け入れざるを得ない。これは疑いの無い事実である。運命に関して人間がどのような見通しを立て、どのような姿勢であったとしても、その事実を変えられる者はいない。

 あなたがたが毎日どこへ行き、何をして、誰と会い、何を見て、何を言うか、あなたがたに何が起こるか、といった事柄を予測出来るであろうか。人間はそうした事柄の発生を予測することができず、ましてそれらがどのように展開してゆくかを予測することは出来ない。人生において、予期せぬ出来事は日常的に発生する。こうした日常的に起こる変化や、そうした変化の発生のしかた、発生後の展開形態は、何ら規則性無く発生する物事は無く、発生した物事の結果やその必然性は、人間の意志で変えられないということを、人類に対して継続的に喚起するものとなっている。あらゆる出来事は、人間に対する創造主の訓戒や、人間は自分自身の運命を支配できないという知らせを伝達すると同時に、自らの運命を掌握しようとする人間の大それた、そして無意味な野望や願望に対する反証でもある。こうした出来事は、耳元で連続的に発生する強い衝撃音のように、人間に対して、誰が最終的に人間の運命を支配しているかを強制的に再検討させるものである。人間の野望や願望が繰り返し阻まれ、砕かれてゆくにつれ、結果として人間は、待ち受ける運命や、現実、天の意、そして創造主による統治を、無意識のうちに自然と受け入れる。こうした日常的な変化から全人生の運命に至るまで、創造主の計画や統治を明示しないものは無い。すなわち、「創造主の権威は超越不可能である」という知らせを伝えないもの、「創造主の権威は至高のものである」という恒久の真理を伝えないものは存在しない。

 人類の運命と万物の運命は、創造主による統治と密接に絡み合い、創造主の指揮と不可分の繋がりがあり、最終的にそれらの運命を神の権威から引き離して翻弄することはできない。人間は、万物の法則により創造主の指揮と統治を理解するようになり、生存の法則により創造主の統治を認識し、万物の運命により創造主がその万物に対する統治と支配を行使する方法に関して結論を得る。また人間は、人間と万物のライフサイクルによって、万物やあらゆる生物に対する創造主の指揮と采配を真に経験し、そうした創造主による統治や采配が、この世の法令や規則、制度その他の権力や威力よりも優先されるのを目の当たりにする。これに鑑みると、創造主による統治は、いかなる被造物も侵害出来ないものであり、いかなる権力も創造主によって予定された物事に干渉したり変更したり出来ないものであることを、人類は認めざるを得ない。人類や万物の何世代にもわたる生活や繁殖は、こうした神性の法則や規則の下で行われる。これは創造主の権威が真に具現化されたものではなかろうか。人間は客観的な法則の中に、あらゆる出来事や万物の創造主による統治と定めを見出すが、創造主による宇宙の統治の原理を把握できる人間は何人いるであろうか。自分自身の創造主による統治と采配を真に知り、認め、受け入れて、それに服従出来る人間は何人いるであろうか。創造主による万物統治という事実を信じて、創造主が人生の運命も支配していることを真に信じ、認めることが出来る者は、誰であろうか。人間の運命は創造主の掌中にあることを真に理解できるのは、誰であろうか。創造主が人類の運命を支配し、管理しているという事実に直面した時、創造主によるその統治に対して人類はどのような態度で向き合うべきかということは、その事実に直面する全ての者が判断すべきことである。