2019年1月20日日曜日

全能神教会御言葉の抜粋「「唯一の神自身 8」6



4.光

四番目は、人間の目に関係しています。それは光です。光もまた極めて重要です。眩しい光を見て、その光の明るさがある程度に達すると、人は失明します。つまるところ、人間の目は、肉の目なのです。損傷に耐えられません。誰か太陽の光を敢えて直視しますか。(いいえ。)誰か試したことがありますか。試した人はいます。サングラスをかければ、直視することができますね。道具の助けが必要となります。道具なしには、人間は裸眼で太陽を直視する能力がありません。けれど、神は人類に光を与えるために太陽を創ったのであり、この光も操作しました。神は太陽を創った後、太陽をそのまま放置して無視しませんでした。「人間の目が太陽に耐えられるかなんて、誰が気にするか」。神は決してこのように物事を行ないません。神は極めてきめ細やかに物事を行い、あらゆる側面を考慮します。物を見ることができるように、神は人類に目を与えましたが、人間が見ることのできる光度の範囲も設けました。光量が不足すると、うまくいきません。人間が目の前にある自分の手を見ることができないほど暗い場合、人間の目は機能しなくなり、役に立ちません。明る過ぎる場所は人間の目には耐えられず、何も見えなくなります。したがって、人類の生活環境において、神は人間の目に適した量の光を与えました。この光は、人間の目に損傷を与えません。さらに、この光は人間の目の機能を失わせることもありません。神が太陽と地球の周囲に雲を加えたのは、このためであり、また空気の濃度も人間の目や肌を傷つける光を普通に除去することができます。これは相互に関連しています。さらに、神が創った地上の色彩もまた太陽光やあらゆる種類の光を反射させ、人間の目を不快にする光の明るさの一部を除去します。こうしたわけで、人間は屋外を歩きまわり生活を営めるようにと、色の濃いサングラスを常時着用する必要がないのです。通常の条件下では、人間の目は視界内の物を見ることが可能であり、光により妨害されることはありません。つまり、この光は眩しすぎることも暗すぎることもないのです。光が暗すぎると、人間の目は損傷し、使えなくなり、間もなく目が機能しなくなります。光が明るすぎると、人間の目はそれに耐えきれず、30年から40年、あるいは40年から50年後には使えなくなります。つまり、この光は人間が見るのに適しており、光による目の損傷は、神により様々な方法を通して最低限度に抑制されています。光が人間の目に恩恵をもたらすか、不都合をもたらすかに関わらず、光は人間の目を人間の寿命に達するまでの期間にわたり耐用可能とするに十分です。神はこのことを極めて周到に考慮していたのではありませんか。しかし、サタンすなわち悪魔が業を行う時は、そうしたことは一切考慮しません。光は眩しすぎるか、暗すぎるかのどちらかです。これがサタンの物事の行ない方です。

神は視力、聴力、味覚、呼吸、感覚など、人体の全側面にこのようなことを行ない、人類の生存のための順応力を最大限にし、人間が生きられるように、普通に生活し、そうし続けることができるようにしています。つまり、神が創った、こうした現存する生活環境は、人類の生存に最適かつ最も有益な生活環境なのです。これは大したことではなく、すべて至って普通であると考える人もいるでしょう。音、光、そして空気は、人間が生来もっているもの、生まれた瞬間から享受できるものと感じるものです。しかし、人間がこれらのものを享受する陰で神が行った業は、人間が知り理解するべきことです。これを理解し知る必要があると感じるかどうかに関わらず、簡潔に言うと、神がこれらのものを創った時、神は配慮し、計画をもち、ある考えをもっていたのです。神は単純に、何気なく、あるいは何も考えることなしに、そうした環境の中に人間を置いたわけではないのです。わたしが話した物事のひとつひとつは、いずれも大したことがないとあなたがたは考えるかも知れませんが、わたしの考えでは、神が人類に与えた物事はひとつひとつが人類の生存に必要なものです。ここに神の業があります。

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