2019年1月11日金曜日

全能神教会御言葉の抜粋「「唯一の神自身 8」3


2)気温
2番目の物事は、気温である。気温が何かは誰でも知っている。気温は、人間の生存に適した環境に備わっていることが必要とされるものである。摂氏40度を超える場合など気温が高すぎる場合、人間の生活は極めて過酷なものとなる。そうした気温は、極めて体力を消耗させるものではなかろうか。摂氏零下40度を超える場合など気温が低すぎる場合はどうであろうか。それもまた人間には耐え難いであろう。したがって、神はそうした気温の範囲設定時に、極めて正確であった。人体が適応可能な気温の範囲は、基本的に摂氏零下30度から摂氏40度までである。これが南部から北部までの基本的な気温の範囲である。寒冷地域では気温が摂氏零下50度程度に達することもある。そうした地域は、神が人間の居住を許可している地域ではない。そのような寒冷地域が存在するのは、何故であろうか。その存在にも、神の知恵と意図がある。神は、人間がそうした地域付近に行くことを禁じている。神は暑すぎる地域や寒すぎる地域を保護している、すなわち神はそうした地域に人間が居住する準備をしていない。そうした地域は人間のための地域ではない。神が地上にそうした地域を存在させているのは何故だろうか。神がそうした地域に人間が居住するのを許していないのであれば、神がそうした地域を造ったのは何故であろうか。そこには、神の知恵がある。つまり、人間の生存環境のための基本的な気温もまた、神により適宜調整されたものである。気温にも法則がある。神はこうした気温の維持に役立ち、気温を制御する物事を造った。この気温を維持するために用いられている物事は、何であろうか。まず、太陽は人間に温もりをもたらすが、暑すぎると人間は耐えられなくなる。地球上には、太陽に近付くことができる物はあるであろうか。(無い。)それは何故であろうか。それは、太陽が熱すぎるからである。その物は溶けるであろう。したがって、人間から太陽までの距離についても、神は特定の処置を実施した。神には、その距離についても基準を設けている。また、地球には南極と北極がある。南極と北極には、何があるだろうか。南極と北極は一面の氷河である。人間は氷河の上に住めるだろうか。氷河上は人間生活に適しているだろうか。(適していない。) 適していないので、氷河へは行かない。人間が南極へも北極へも行かないので、氷河が保護され、氷河は、気温を制御するという氷河の役割を果たすことができる。分かるであろうか。南極と北極が無く、太陽が常に地球を照りつけているとしたら、地上の人間は熱で全員死滅してしまうであろう。神が気温を制御するのに用いるのは、この2つだけであろうか。神が人間に適した気温を制御するのに用いるのは、この2つだけでは無い。それ以外に、野原の草や森の木々や植物など、様々な生き物も存在する。こうした生き物は太陽の熱を吸収し、太陽の熱エネルギーを合成して、人間が生活する気温を調整する。また、河川や湖沼などの水源も存在する。河川や湖沼の表面積は、人間が決めることの出来るものでは無い。誰かが地球上の水の量や、水の流れる先、方向、水量、流れる速度を制御できるであろうか。誰もそうした事柄を制御できない。それは、神のみぞ知る事柄である。地下水や、人間が見ることのできる地表の河川や湖沼などの様々な水源もまた、人間が生活する気温を調整することができる。それ以外にも、山や平野、峡谷や湿地など、様々な地形が存在する。こうした様々な地形それぞれの表面積や規模により気温を制御することができる。たとえば、ある山の半径が100キロメートルである場合、その半径100キロメートルの範囲には、100キロメートル分の効果がある。そうした神が地上に造った山地や峡谷の数についても、神が十分に考慮したものである。つまり、神の創造物ひとつひとつの存在について、それぞれに経緯があり、それぞれに神の知恵と計画が含まれている。たとえば、森と植生について、その地域面積や規模を制御できる人間や、森と植生を最終的に決定できる人間は居ない。森と植生がどの程度の水や太陽の熱エネルギーを吸収するかについても、それを制御できる人間は居ない。これらの物事は、全て神の万物創造時に、神により計画された物事の範囲に含まれる。


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